馬質が同じなら、他のジョッキーが乗っても同じくらいの成績は残せるのか?

「だれそれと同じ馬に乗り続けていれば、大体同じ成績は残せる」

 

これはネットのみならず、ジョッキー間でもたまに話題に上がったりもし、
様々な意見が出ている、競馬における1つの大きな議題であり、

特に昨今ではデムーロ・ルメール騎手といった外国人トップジョッキーに露骨なまでに
良い馬が集中しており、
それまでその馬に跨ってきた多くの日本人ジョッキーが、大舞台を前にして降ろされている
という背景もあり
、「可哀相」「また外国人か」「若手が育たない」といった声も多く、

不信感を抱いている競馬ファンも少なくはありません。

 

私も心情としては、昨今のトーホウジャッカル酒井学や、ゴールドアクター吉田隼人
といった普段大きなチャンスの少ない騎手が、1頭の馬との出会いからスターダムに
駆け上がるまでの多くのドラマや感動も好きだったりする
ので、

気持ちは非常に分かります。

しかし、果たして「同じ馬に乗り続けていれば、大体同じくらいの成績は残せる」
ものなのであろうか?
そこが問題なのです。

 

「Mの法則」を知る者であれば、また違った1つの見方も出てきます。

馬場が重く、今のようにスローばかりでなくハイペースでガンガンやり合っていた
一昔前の競馬だったら確かにそうであったのかもしれません。
馬は収まるべくしたポジションに収まり、騎手の腕が介入する余地は少ないです。

しかし馬場も軽くなり、スローのレースが増えた近代競馬においては、
今度は騎手の乗り方1つが、着順に多大な影響を及ぼすことになります。

ペースが遅ければどのポジションも選択できるようになります。
「同じレースでも、もし違ったポジションで競馬をしていたら同じタイムになっていたか?」
ということは、一般論でも議論をするまでも無いことでしょう。

 

そして全ての条件を考えた時に、その馬・そのレースで最適なポジションを選択し、
馬の能力を発揮させることにかけて抜群に上手いのが、デムーロ騎手とルメール騎手
なのです。

Mの法則を知らなくとも視覚的に誰が見ても分かりやすいのが2017年の日本ダービーで
「ああ乗るしかなかった」という方法で実に多くの馬をビッグタイトルに導いています。

彼らは実に理に適った乗り方をしていて、馬の質だけでは決してないことは
多く競馬ファンも、何となく感じていることではないでしょうか。

 

ただ、これは外国人だから許されている一面もあります。
全てはバランスの問題で、ジョッキー全員が本当の意味で騎手として上達し、
みんながデムーロやルメールになってしまってはそれも不味い。ただただ愚直に
公務員のような騎乗をするジョッキー達も必要不可欠なのです。

良い馬にデムーロやルメール騎手を乗せることは、
打率やホームラン数が高いバッターを、3番や4番に据えるのと
さほど変わらないことなのかもしれません。

 

そしてタイトルの結論として、私個人的な意見としては、
「1年間デムーロやルメール騎手が乗る馬に、中堅クラスのジョッキーが騎乗した場合」
人気にならない分、単勝や複勝回収率はさほど変わらないが、
好走率が彼らより上回る可能性は、限りなく低く、10名のサンプルがいたとするならば、
実に9名以上は彼らより低い好走率に収束するであろう

と予測されます。

 

最終更新日時 : 2018年05月19日 20時32分

スポンサーリンク


 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)