競馬で勝つ為に必要な要素

2018年上半期の競馬が終わり、いよいよ今週からは後半戦となる競馬ですが、ここまでの回収率はトータルで65%と、あまり良い折り返しとはなりませんでした。

 

「Mの法則」への理解度はここ1年程でかなり高まっていることは、自分でも実感しているところはあるのでが、結果としては収支の方に寄与していないという結果となっています。

 

ちょうど今、実家に帰っていて、とある漫画を読んでいて、ふと自分に足りないもの。ひいては「競馬で勝つ為の要素」のようなものが おぼろげながら見えてきたような感じがしたので、記事にしてみたいと思いました!

 

 

ある漫画を読んでいて、ふと思ったこと

ここ最近、実家に帰っていた私は、家に置いてある「銀と金」や「天 天和通りの快男児」等、福本先生の漫画を読んだのですが、

こちらの「天」に出てくる、準主人公的なキャラクター・ひろゆきという人物が、何となく今の自分と間接的にリンクしているような感じがあったのでした。

 

ひろゆきは麻雀のセンスが良い若者なのですが、「理」だけでは超えられない数々の強敵や仲間達と麻雀の世界に身を置く中で、自分に足りないものに気づいていき、

最初は足手まといだったひろゆきでしたが、最終的にはかなり大きな戦いにおいて重要なキーマンとなり、最強の打ち手達と互角に渡り合う程の活躍を見せる というキャラクターです。

 

そのひろゆきが成長する過程において、アカギといった重要人物から試練を与えられたり、アドバイスをされるシーンがあるのですが、

その中において競馬で勝つ為にも、大いに参考になることを言っていたり、あるいは天やアカギといった最強の打ち手達が見せる麻雀において、大きなヒントとなるようなシーンが何度も出て来たのでした!

 

 

無難な予想は、無難に負ける

ひろゆきというキャラクターは、麻雀において牌効率・切り方・読み等、麻雀上級者のど真ん中のような、もっとも優等生的なタイプで、繊細な麻雀を打ちます。

さらに強い麻雀打ちからしてみたら、そういうタイプが一番読みやすいということで、最初はそこを突かれてけっこうカモにされているシーンが多くあります。

 

なんとなくこれも競馬に通ずるようなところがある気がし、「結局、無難な馬ばかり選んでても勝てないよな」と、

ましてや、私はMの法則もまだそこまで満足に理解はしておらず、逆に中途半端に理解しているからこそ、ハマってしまう罠だったりとか、予想というものを繰り返しているような気もしました。

 

Mの法則の理解度を、今よりも日々上げていくことは、当然の目標としてあるのですが、それとは別に

「今現段階の自分は中途半端にしか理解していないからこそ、だからこそ一度決めた予想を、さらに深くもう一度考えてみたりだとか、あるいはその上でさっきの自分の予想を変えられるくらいの、もう一歩踏み込んだ最終的な予想を出したりとか」そういったアプローチが必要になってくるのではないかと思いました!

 

 

実例

ちょうどここ直近のGⅠで連対した異端な2頭がいたので、その馬を例に、無難な予想をしているとこうなるというのを、見ていきたいと思います。

 

まず安田記念で勝ったモズアスコット

モズアスコットは、M的に見ると種牡馬的にはL系の馬の連闘、しかもGⅠの相手強化ということで、鮮度は確かにあるにしろ、普通に考えると走らないパターンのように思えてしまうのですが、

ここで思考をやめてしまうのが、並の予想で、本来ならこういう異端な馬は、M的にもそうですが、もっと熟慮しなければいけない馬となるのです。

普通の競馬ファンからも「連闘でGⅠとか無理でしょ」と思われているからこそ、面白い1頭だったのです。

 

そして宝塚記念は、あわや差し切るというところまで追いつめて2着だったワーザー

当日はマイナス27キロで、全成績を見てもこんな細さで出走した試しがないので、最終的に切ってしまった馬だったのですが、

モズアスコットに関しては普通に切ってしまったので下手でしたが、ワーザーに関しては鮮度的にも馬場状態的にも面白く前走は完全に試走っぽい内容で、体重を見るまでは本命候補の1頭でもあったこともあり、こちらは悔しく、記憶に残る激走となりました。

フローラSのノーブルカリナンのような、馬体も元々小さく何の理由もなくこのような体重なら即切りで良かったかもしれませんが、初めての日本での競馬という圧倒的な鮮度、追い込みに回ったことで体力ロスを押さえれた等がおそらく理由だったのかと思いますが、

マイナス27キロ=消し というのはこちらも並の予想であり、競馬ファンならほとんどがこの体重を見て消すであろう だからこそ、もう一度27キロ減ってても大丈夫な要素も、もう一度考えてみるべきだったのです。

 

「もし安田の玄人判断で勝負を引き延ばしていれば すべて台なしになるところだった」

「・・・で、この利ってのが、ギャンブルの場でたいてい足を引っ張るんだな」

「銀と金」という漫画内にこんな会話があるのですが、この2レースにも通ずるところがあります。

 

2頭ともM的に面白い馬であったのは間違いないので、そして玄人(と思い込んでいる多くの競馬ファンもちろん私も含む)判断で切ってしまい、結局その玄人判断ってのが大抵足を引っ張るというのも、この2Rにレースに限らず、多くのレースやあらゆるギャンブルでも共通の概念なのかと思います。

 

 

ひろゆきでは負けてしまう、競馬で勝つならアカギにならないと

話は「天」に戻りまして、一見無難そうに見える馬を、トータルで選び続けていたら、トータルで浮かないのは必然ですよね。 それで勝てるならみんな勝てるという話になってしまいます。

だからこそ勝つ為にはひろゆきではなく、アカギでなくてはならない、という風に思います!

 

アカギは一見すると、麻雀上級者でもめちゃくちゃに打っているように見えるのですが、天才アカギの思考はそれを遥かに上回り、凡人が見えていないもっと上の次元の確かな根拠に基づいて打っているので、神がかり的な麻雀を打っているように見えるという、人を魅了するような麻雀打ちです。

結局のところ競馬においても、「えっ、何でその馬が本命・・・?」「なんでその人気馬が無印なの?」といった、異端の予想を、ある一定の割合でしていないような人は、トータルでは負ける確率をかなり高めてしまっているのかもしれません。

 

 

結論

競馬においても麻雀においても、中途半端に知っていることにより、逆に足を引っ張るということは往々にしてあり、それが「ビギナーズラック」といった言葉にも繋がっているように思います。

まずは競馬をもっと知ること。それは私はMの法則をもっと高いレベルで理解することだと思っており、そしてアカギのような予想ができること。

とはいっても、毎レース意表を突きまくる予想をするとかではなく、特にGⅠ等の大レースを中心に、時にはそういう異端の発想力を持った予想が出せるか という感じに、まずはなると思います。

 

なんとなく予想して、なんとなく負けているのではなく、

1R1Rに明確な意志を持った納得のいく予想をし、確かな自分なりの根拠はあったか?外れても悔いはないか? まずそういうレベルで1R1Rレースに向き合わないと、いけないなと思い、

1Rごとに「渾身の予想」というものを心掛けて、それを最終的な予想としたいと思いました!

 

 

まとめ

福本先生の作品は色んなことに対してもそうですが、特にギャンブルに対してかなり本質に迫っているようなシーンが多く、

一昔前の自分なら、ただ「何となく面白いな」と思って見進めていたシーンも、今になって改めて見ると「このシーンのこの台詞は、かなり良く分かる!」といった新しい発見があり、自分が成長してから見る度に、その言葉の深さや本当の意味に気づかされるところがある作品です!

 

 

 

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あと今回読んでいて気になった部分は「ギャンブルにおける運とは」という、に関する描写です。

これも何となく、本当に全ての出来事がランダムに起こっているのではなく、「ヤケクソでやった12Rは、たいてい当たらない」「負けが込んで余裕がない時ほど、相手の辺り牌を引く」等、流れというか、自分の行動や今の状況が未来の出来事に少なからず影響を与えているような、ギャンブルをやっていてそれは何となく感じている部分というものあり、

 

そういった部分も参考に、2018年後半からはこの記事内のことも全て踏まえて、常に頭に置くように心掛けながら、予想をしてみたいと思います!

 

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最終更新日時 : 2019年07月01日 08時42分

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